死ぬこととかの話しとか。

繋がりのあったミュージシャンが
急逝したと聞いて

びっくりしたけど
心は静かだった
ああ
やっぱり命はなくなるんだよねって
そうだよねって

彼との会話と
彼のライブをみて
心動かされた瞬間なんかに
想いを馳せながら
いつもの街を
カランコロン歩いた

夕暮れの街

死ぬこととか考えたのいつからか

小5くらいのとき
もう俺いつ死んでもいいなって思ったのを覚えてる
下校中、ふと、俺はもう十分幸せな人生生きたなって思った
これからいつどんな死に方しても十分幸せだって
なんかよくわかんないませガキ。

それから、
高校の時、じいちゃんが死んだ。山に木を切りに行って下敷きになった。
すごく悲しかったし、周りの人が、まだまだこれからだったのにって悲しむ姿をみて、辛いなって思った。
だから俺は、まだまだこれからな死に方だけはやめようと思った。いつ急に交通事故で死んでも、俺は幸せだったぜ!って、周りの人に伝わる生き方をし続けようって思った。

大学卒業してから、大切な人が自殺した。
心のお師匠さんみたいな人。
人前でどんだけ感動しても恥ずかしくないこととか、どんなに人を想っても恥ずかしくないこととか、何にもとらわれる必要がないこととか、思ったことなんか全部行動しちゃえばいいこととか、いっぱいいっぱい教えてくれた。
その人は、自ら命を絶った。
そん時は、死を選ぶのも自由だって思った。涙は止まらなかったけど、ぼくは受け止められた。
そんな俺だったから、彼は俺に遺書の在り処をこっそり生前教えてた。
ただ、『すっごくいいことがあったら、部屋にあるあの写真の裏を見てみてね。』って。
それ以上聞いてはいけない気がして、何も感じないフリをした。コトが起こってから、ハッと思い出して、写真の裏をあけてみたら、遺書だった。彼の家族に、なんでもっと早く気付いて教えてくれなかったんだって、(俺への気遣いも持ちながらそれでもって)せまられたけど、何も言えなかった。

25歳あたりはもう毎日死にたかった。
起きている時間のできるだけをアルコールで意識を飛ばしながら生きていた。ポッケにはウイスキー入れて、家には4リットルの安焼酎を常備して、死ぬことしか考えられずに、ただただ意識をなくしたくて生きてた。なのに死にはしなかった。
もうどーしょーもねーなーって思ったので、死ぬ日を決めることにした。伝説のロッケンローラーはみんな27歳で死ぬから、そーすることに決めた。
あと2年で死ぬ。
どうせだから、あと2年で伝説のロッケンローラーで死ねるよーに、生きることにした。
とたんに生きることが楽しくなった。
気がついたら27は通り過ぎてた。

30すぎたら鬱になって
それはもう、もっとリアルで情けなくてかっこ悪い最悪な自分だった。
ただただ、家族とか、周りの人たちに、本当に助けられた。
本当にありがとうって思った。

そっから
生き方よくわかんねーなあ
って思って生きてきた
のだけど

実は昨日、おお、これだ!
って思う考え方を思いついたんだ。

やっと。
やーっと。

これから生きてくやつの楽しみ方。
もう
数年ぶりに
心がはればれとしている気がする。
まだ新品の心だから不安だけど、
だからまだ、
生きるつもり。
けど、いつ死んでもほんとに幸せです。
それはほんと。
最高な人たちにたくさん出会えた。

はあ

カランコロン疲れたので
どっかの駐車場。

夜の駐車場

おいらまだ
生きるね

おつかれさまでした。

あん時のライブは
まじでカッコいいと思いました。

おいらの人生に
素敵な瞬間を
ありがとう。

初ライブの記録。(@新宿紅布)

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