つらつらと。さんきゅーゴッホなのだ。

なんだかふとゴッホを見たくなって、図書館で片っぱしから本を借りたのが、先月。
とあるバンドマンに勧められたラジオで、甲本ヒロトが、ゴッホの絵を生で見たときロックンロールを感じたんだっていう話を、聞いたのが土曜。
ああ、会いたいなって思った

ちょうど、上野にゴッホの絵がきてる。呼んでるなって思った。
ゴッホに呼ばれてるなって。

行ったのです。
次の日の日曜に。。。

前のブログに書いた衝撃は素晴らしい経験だったし、他にも、たくさんたくさん感じた。
相変わらず弱っちいから、ああそうか!ゴーギャンは俺の歳で初めて画家を目指し始めたのか!とか、ゴッホの、真の人生は30からだ。なんて言葉にすがりつきたくなる自分を情けなく思いつつ。
けど
彼らがもがいてもがいて
絵が変わっていくのをこうやって目の当たりにして
そして
ああ、それからここにたどり着いたのかーーぁ、って。

そっか。そっか。って。
まだまだだよね。って。
もっともっと、模索すればいいじゃないかって、素直に思えた。

ゴッホやゴーギャンが、いろんな回り道をしながら、自分の筆使いや色使いを見つけて行ったように、ぼくも自分の音楽のカタチを、色を。

モネの、淡いタッチの背景の上に、実は荒々しい輪郭がのってくる感じとか、
ゴッホの、一筆一筆がうねりまくるグルーヴ感と荒々しい手触り感とか
こんな音楽をつくりたいなぁっていう絵にもたくさん出会えた

最後にショップを覗いたけど
あんなに素晴らしい絵の数々に
とてもよく似たものが並んでて
でも
見事に全部、しんでいた
本物とは
こういうことかって
びっくりしたな

けどぼくは偽物のおかげで
彼らを知って
ここにたどり着けたわけだし
ただ
やっぱりあれは
生きてない
って
知ってるべきだなって思った。

とにもかくにも
さんきゅーゴッホなのだ
次は
君の歳までは生きる希望を知った。

来年だけどな。
死ぬまでに、
彼から受けとったもの、ちゃんと次に渡したい。

初ライブの記録。(@新宿紅布)

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